20代後半、映画をかたっぱしから見ていた時期がありました。その中でも心に残っている1本が「八月の鯨」という作品です。

リリアン・ギッシュとベティ・デイビスの二大女優が高齢の2人姉妹を演じています。姉妹は毎年夏、米国の片田舎にある小さな島の別荘で過ごします。8月になると入り江に姿を現わすクジラを眺めるのが楽しみでした。

撮影当時、ベティ・デイビスが73歳、リリアン・ギッシュはなんと93歳。ベテラン女優が真夏のひとときを静かに演じます。海辺の美しさが印象的ですが、騒動もなければどんでん返しもない。どちらかといえば退屈。それでも何ともいえぬ心地よさが残ります。

退屈と幸せは隣り合わせなのでしょうか。この姉妹のように、晩年の日常を何事もなく過ごせる幸せ。最高の福祉です。理不尽に日常を奪われていくウクライナの人々の姿をみるとなおのこと。真夏の海辺のように、晩年の輝きは誰もが美しくあってほしいものです。